3100マイルレースの体験〜5000キロ完走と瞑想

3100マイルレースの体験〜5000キロ完走と瞑想

3100マイルレースの体験〜5000キロ完走と瞑想

by Harashita Sunaoshi

 

セルフ・トランセンデンス〜自分超え・瞑想・幸せ〜

シュリ・チンモイの哲学の大事な柱の一つは「自分を超える(セルフ・トランセンデンス)」です。昨日の自分を超えていくことで幸せと充実感のある人生になると言っています。私たちは常に成長していく存在なので、自分を超えることは外的にも内的にも必要です。それにはもちろん努力と決意が必要ですが、その道のりをより早く、確かなものにしてくれおおいに助けてくれるのが瞑想なのです。今日はこの「自分超えと瞑想」について、先日行われたオランダのプラディープ・ホウガッカーさんによる3100マイルレース完走の体験トークを振り返りながら書いていこうと思います。

幸せで充実した人は周りにもその空気が伝わり、その人の試みている「自分超え」からインスピレーションを受け、「自分も頑張ろう」と思わせてくれる良い影響力になります。それが世界を昨日よりもうちょっと良い場所にする助けになるのです。何か新しいことや限界に挑戦している人はとても輝いていて素敵ですよね。

 

外的セルフ・トランセンデンスと内的セルフ・トランセンデンス

外的なセルフ・トランセンデンスは目で見て比較的わかりやすいものです。例えばスポーツをする人だったら前より自己ベスト記録を上げる、チームスポーツでいつも予選落ちしていたら決勝に残るまで行った、アーチストだったら1曲しか持ち歌がなかったのに10曲作曲できた、今までになかったスタイルを自分の絵に取り入れてみた、視野を広げ他の分野の人とコラボしてみた、などなどです。

この「自分超え」は内的にも当てはまります。内的なセルフ・トランセンデンスは、例えば怒りっぽい人だったら、前は怒っていた状況で落ち着いていられるようになった、とか、せっかちな人だったら行動しつつも忍耐強く「その時」を待つことができるようになったとか、心配性だったら前ほど不必要にあれこれ心配しないようになったとか、人の悪いところを見てしまう癖のある人だったら、前よりその人のいいところに気づくようになったとか色々です。

好きなことや才能は人それぞれだし、内的に持っている性格や弱いところも人それぞれです。だからそれぞれがその時に直面している自分超えの課題も様々。でも共通しているのは、それまでの自分を超えた時に感じるなんとも言えない充実感です。さらに言えば、外的セルフ・トランセンデンスと内的セルフ・トランセンデンスはリンクしていて、両方関連して起こることが多いようです。外的に自分の限界に挑戦することで、その過程・経験を通して内的にも成長したという経験は誰にでもあるのではないでしょうか。反対に内的に自分の弱いところを何か克服したら、それがそれからの自分の行動全てに反映され、結果的に前はできなかったことが外的にできるようになったり、外的な壁を乗り越えることができるようになったりします。

 

3100マイルレース完走の体験〜プラディープさんのスペシャル・トーク

さて、本題です。以前からお知らせしていたように、シュリ・チンモイ マラソンチームの主催する「セルフ・トランセンデンス 3100マイルレース」の数少ない完走者の一人、オランダのプラディープ・ホウガッカーさんが先週京都を訪れ、10月17日(火)の夕方、ウィングス京都でスペシャル・トーク(無料)を開催しました。当日は雨模様でしたが、是非話を聞きたいという方が何人も来てくださり、とても良い会になりました。私も通訳としてお手伝いさせていただきました。

プラディープさんは自分で用意したスライドを見せながら、このレースについて、自分がこのレースを走るようになったきっかけ、レースまでの準備、実際のレース中の体験、終わってから、などを自分の瞑想体験と絡めつつたっぷり2時間近くお話ししてくれました。ここではその内容を簡単に追ってみたいと思います。

 

3100マイルレースの概要

シュリ・チンモイ マラソンチームは世界中でウルトラ(超長距離)含め様々なランニングイベントを開催していますが、その中の最高峰がこの3100マイルレースです。世界最長公認レースで「超長距離レースのエベレスト」と評されており、欧米では特にここ数年、ニューヨーク・タイムズやウォールストリート・ジャーナルなど主要メディアで毎年取り上げられています。

まず距離ですが、1マイルは1.6kmなので、3100マイルは4989km、約5000kmです。これを52日間で完走するというレースで、単純に割り算すると1日平均95.9kmを走り続けないといけません。これは1日フルマラソンを2回強走り続ける計算です。(プラディープさんが走った2011年は猛暑のため制限日数が54日間に延長されました。)これをニューヨークのクイーンズ地区にある学校の周り一周880mの周回コースで行います。完走するにはここを5649周しなければならないのですが、コースは朝の6時から夜中の12時まで開いていて、その時間中に走ります。

これだけ走るのですから、消費カロリーも生半可ではなく、1日7000~10000カロリーを摂る必要があります。コンクリートの上を走り続けるためシューズも10足から12足履き潰すということです。6月から8月の夏の盛りに行うため、平均気温は30度、暑い時は40度を越す時もあります。湿度も高く、平均80〜95%になります。これまで21回このレースは行われましたが、完走者は2017年のレース終了時点で41名(うち女性8名)、この中にはリピーターも多く、13回完走したという強者もいます。現在の世界記録保持者はフィンランドのアスプリハーナル・アールトさんで40日と9時間で完走しています(1日平均123km走った計算です)。

5649周なんて、飽きないのかと皆に聞かれるそうですが、それはないそうです。それどころか、ウルトラレースでは周回コースはよくある話で、幾つか利点があります。一つは自分のテーブルにサプリメントや食べ物など自分の持ち物を置いておけるので、そこにすぐアクセスできて便利なこと。もう一つは、トップのランナーから最下位のランナーまでみんなで一緒に走っているという一体感があることだそうです。このレースで一番大事なのはこのランナー同士の一体感・絆だということです。お互いに励ましあい、ジョークを飛ばしあいながら笑いあって一緒に走っている感満々でいくそうです。

 

レース参加のきっかけと準備

こんな並外れたレースですから、参加するにも並外れた準備が必要です。プラディープさんは参加に至った経緯をこのように述べています。まず、瞑想を何年もするうちに、心のワクワク感を大切にして、もし強い心のワクワク感を感じたら、それに従って行動するのが肝要だということを覚えていったこと。そしてある時いい走りをして瞑想していたら、3100マイルレースのことが胸に浮かび、ワクワクしたこと。その後実際にヘルパーとしてレースに何回か参加し、ランナーから色々コツを教わったそうです。ヘルパーというのはランナーの色々なニーズを助ける存在で、精神的にも時間的にもとても助けになる存在です。例えばドリンクやフードを何種類かピックアップしてランナーが戻ってきた時すぐに好きなものを取れるようにスタンバイしていたり、マメの手当てを手伝ったり。ポジティブな状態で居られるように勇気付けたり。きっとこのような時間をレースで過ごす中で、何年か後に走る自分の準備を整えていったのでしょう。

準備期間には6年を要したそうですが、このようにヘルパーとしての経験、現役ランナーからのアドバイスのほか、走る点でももちろん準備しました。長い距離に慣れるため、1日10km~15km走り、週一でフルマラソン (42.195km) の距離を走り、月一でそれより長い距離最高100kmくらいを走ったそうです。また、自分にはどんなシューズがあっているのか、ウエアはどうか、など色々試したそうです。走りながら食べる練習もしたそうです!そう、このレースでは常に動いて距離を稼ぐ必要があります。なので食事もちょっとずつ、走りながら、動きながら摂るのです。

もちろん、瞑想の時間も前より長く取るようにしたそうです。瞑想とは自分の奥深くの無限の可能性とコンタクトを取る術です。3100マイルを走りきるには、もちろん最大限のトレーニングをしますが、いつもの自分の領域を超える可能性を秘めたところとなるべく繋がって居られるようにすることがとても重要になってきます。

 

レース中の体験

いよいよレース本番!プラディープさんは、最初の10日間が一番しんどかったと言います。なぜなら、体も心もこんなに長い距離を走り続けることに慣れていないからです。体が1日100kmコンクリートの硬い路面を走り続けることにも、暑い気候にも慣れていないので、夜身体中が痛み眠れなく、頭では「こんな状態でどうやって明日走れるんだろう?」と考えてしまい、ますます眠れない夜を過ごすのです。でも最初のその時期を過ぎて数週間するとわかってきたそうです。たとえ眠れなくても、自分の中の何か、より高い部分が回復してくれ、次の日ちゃんと走れると。

足はマメだらけになり、他にも故障を経験します。コースにはマッサージ師や看護士、医者などが詰めていてそれぞれの問題に応じて即応してくれるのですが、レース中盤以降の方が回復が早くなったそうです。普通は休んで怪我や故障を治しますが、このレースでは走りながら治すのです。

内的にもいろいろあったようですが、自分の弱いところが嫌でも前面に出てくるそうです。例えばプラディープさんは、「自分はなんてかわいそうなんだろう」と思う癖があることにある時気付いたそうです。で、それを乗り越えないといけませんでした。逃げるわけにも無視するわけにもいかないところがこのレースのキツイところでもあり、同時に素晴らしいところでもあります。というのも、自分の弱みを乗り越えた時の喜びと充実感は格別だからです。

 

レース後半の素晴らしい体験

何と言ってもレースの後半が素晴らしかったそうです。瞑想では、自分の奥深くにある魂を感じようとするものですが、日常生活ではなかなか実感できないものです。プラディープさんはその理由として、内的に求めて切実な叫びを胸の奥に持つことが日常生活ではあまりない(そういう必要に迫られない)からではないか、と言っています。自分の奥深くのより知恵深い存在、より大きな存在の魂の助けを真に求める必要は日々の生活では確かにあまりないかもしれません。危機迫る状況にもあまりならないし、ものすごい充実感はなくても、人生そんなもの、と過ぎていってしまいます。

でもこのレースは毎日、毎時間、毎周、自分の限界を超える必要に迫られます。そんな状況で、心の奥底から、切実に魂の助け・導きを求める中、レース後半になったら、魂が前面に出てきているのを感じつつ走っていたそうです。喜びにあふれ、実際スライドの写真もレース前半よりとってもリラックスし良い顔をしています。他のランナーもそうです。

周りのみんなだけでなく、すべてと一体感を感じたそうです。(これはとても高い瞑想状態で得られる体験です。)ある日走りつつ昇る日を見ていたら、自分の心の中で日が昇っている感覚になったそうです。そして「これが人生だ。」と感じたと言います。普通は「自分は基本身体の存在で、時々精神的なことに注意を払う」という状態が多いと思いますが、レース後半は、「自分は基本魂(精神的存在)で、身体に宿って生きているんだ。」と実感したそうです。

そのうちトップのランナーから次々ゴールしていくのですが、それを本当に嬉しい一体感の気持ちで見送りつつ自分は走り続けたそうです。走り終わったランナーも次の日またコースに現れ、他のランナーを応援したそうです。そしていよいよ自分の番になりました。53日9時間でゴール!テープを切った写真は本当に安堵して平和に満ちて嬉しそうな表情です。

 

レース後とこれから

レースが終わっても、レース中にした素晴らしい経験は自分の中にずっと残ります。そして以降の目標はレース中に感じた魂、一体感の心をどうやって毎日の生活で持続するかということだそうです。一つ実感したのは、幸せというのは何か特定のものを手に入れることではなく、前進・成長することにあるんだ、ということです。

これからの目標の一つとして、この体験をいつか本にまとめたいと言っていました。その時は是非読みたい!と思っています。

 

KBSラジオインタビュー

このトークには、市民ランナーを励まし続けてきた特別な方が来てくださいました。それは「走るパーソナリティ」で知られる通称わかちゃん、市民ランニング界のおなじみ若林順子さんです。プラディープさんの話にとても感銘してくださり、後日若林さんのラジオ番組であるランナーのためのLet’s Run (KBSラジオ毎週日曜15:00~15:10) でインタビューしてくださいました。10月17日オンエアで、番組の時間全部を割いて紹介してくださいました。インタビュー内容と写真が番組のブログに載っています。

ご自身も100kmまでのウルトラ経験を持ち常に走ってらっしゃるのでプラディープさんの直面した色々な経験にランナーとしてとても共感してくださり、特に「ハートのワクワク感を大事にすること」「常に自分を超え続けること」「幸せとは前進すること」を魂に響くメッセージとして受け取ってくださったようです。本当にどうもありがとうございました!

津軽海峡横断泳のヘルプ体験

津軽海峡横断泳のヘルプ体験

龍飛旅館で完泳証を手に女将さんと記念撮影

by Harashita Sunaoshi

シュリチンモイ・マラソンチームには、瞑想で内的に精進しつつ、外的に自分の限界を超え続けるべく、様々なチャレンジをしている人たちがたくさんいます。その中でも今度来日するプラディープのように3100マイルレースに挑み、完走する人たちというのはみんなにとって本当に素晴らしいインスピレーションです。同じようにある意味超人的なチャレンジに、ドーバー海峡 (English Channel) など、世界の難関とされる海峡を横断する、というのがあります。

 

オーシャンズ・セブンと津軽海峡

英語ではプールでの競泳と区別して、Open Water Swimmingなどとカテゴリー分けされていますが、その中でも海を泳ぐオーシャンスイム界では、世界の海峡の中でも特に難関とされる7つの海峡をピックアップし、合わせてOcean’s Sevenと称し、この7つ全部を制覇すべく、強豪スイマーたちが日々挑戦を続けています。青森県にある津軽海峡はこのオーシャンズ・セブンの一つで、毎年世界から挑戦者が訪れます。

実は去年私は幸運にも、チェコの友人アベジャリがこの津軽海峡横断泳をするのをヘルプするという貴重な体験に恵まれました。1年以上たった今でもとても鮮やかな思い出として心に残っているので、その時の話を今日はしたいと思います。

まずはこの7海峡ですが、津軽海峡横断泳のサポートをしているオーシャンナビのウェブサイトによると

  • (1)カタリナ海峡 (33.7km/アメリカ:サンタカタリーナ島~ロスアンゼルス間)
  • (2)アイリッシュ海峡(33.7km/アイルランド~スコットランド間 )
  • (3)クック海峡(26km/ニュージーランド北島~南島間)
  • (4)カウワイ(モロカイ)海峡(41.8km/ハワイモロカイ島~オアフ間)
  • (5)ドーバー海峡(34km/イギリス~フランス間)
  • (6)ジブラルタル海峡(14.4km /スペイン~モロッコ間)
  • (7)津軽海峡(30km /本州~北海道間)

となっています。それぞれ環境は違いますが、プールなどで行う競泳とは全く違った準備や水泳力、体力、気力が求められます。ちなみにアベジャリは津軽海峡が4つ目にあたる挑戦で、その前にすでに (1) (5) (6) の3つを制覇していました。

 

ウジョギニが見守る中、泳ぎ続ける。白いノボリが船に近い水中に見える。

ウジョギニが見守る中、泳ぎ続ける。白いノボリが船に近い水中に見える。

海峡横断泳と普通の競泳の違い

私自身は泳ぎが全く苦手なので専門的なことはよくわからないのですが、今回の体験からわかったことは、まず海峡横断泳の場合、タイムは問題ではなく、完泳できるかが大事だということです。なぜなら、その日の潮の具合や水温、サメやクラゲなどの発生具合、台風接近などなどの影響で泳ぐ環境が大きく左右され、一体何時間あれば泳ぎきれるのか予測がつかないからです。しかも天候を見てスタート時間を決定するので、出発が一体いつになるのかも直前まではっきりしません。その間集中力、ポジティブな精神状態、体力をベストに調整しておく、などが求められます。

さらに一旦泳ぎだしてからも、潮の流れが変わったり、船酔い(というか泳ぎ酔い?)したり、クラゲに噛まれたり、水温が下がって非常に寒くなったりと、様々なことが起こります。どんな状況になってもすぐに対応策を編み出し、諦めず、誘導してくれる船長さんを信じてとにかく泳ぎ続けるスタミナと精神力が不可欠です。そして、泳ぐ本人、船上でヘルプするスタッフ、船長さんとオブザーバーみんなのチームワークがとても重要になってきます。

 

アベジャリのドーバー海峡横断体験談

ここでオーシャンズ・セブンに挑戦し続けているアベジャリのインタビューを紹介しますので、英語のわかる方、よかったらご覧になってください。ここでは最初に制覇したドーバー海峡横断泳の体験と瞑想との関係について、語っています。英語のわからない方のため、概訳を書きますね。

アベジャリ・ベルナドバ:

ついに北海道が眼前に!ラストスパートの数キロ

ついに北海道が眼前に!ラストスパートの数キロ

「なんでこんなことをするの?とよく聞かれます。もちろん海峡横断自体も素晴らしいのだけど、実は私にとって一番は自分をもっとよく知るためなんです。自分にとって居心地のいい範囲のことしかしなかったら、自分の一番良い資質が出てくる機会がないでしょう。外的に限界に挑戦することで、内的に自分を超える機会をいただけるんです。」

遠泳を始めたきっかけは?

「最初はランニングから入りました。シュリ・チンモイはランニングを奨励するでしょう。瞑想ワークショップに行き始めて、ランニングの話を聞いて走ってみたけど、5分で疲れてしまったのを覚えてます。でもそのうち、3キロ、ハーフマラソン、フルマラソンと走れるようになり、地元プラハで6時間レースや12時間レースを開催するようになって、しばらくはランニングにはまってました。

ある時友人の一人がドーバー海峡を泳ぐことになって、私はヘルプに入るはずだったのだけど、『自分は単独で泳ぐには準備不足』と思ったのね。それでリレーをやらないかと誘われて、『いいよ』と引き受けてから水泳教室に行ったんです。自由形の。もちろんクロールはできたけど、30分か1時間泳ぐのが精一杯だったので、レッスンで随分助かった。

潮の具合が整う3週間ほど前にチームで出発点であるドーバーに行き試泳したのだけど、とにかく寒くて震えてました。水がとても冷たかったんです。リレーをする場合、水の中に2時間いられないといけないのに。

シュリ・チンモイはドーバー海峡横断について語っていて、その中で、「ドーバー海峡を横断した者は、ドーバー海峡の永遠の友達になる。」という一節があって、それを読んでからやろうと思ったんです。次の年チューリッヒ湖遠泳に参加して、ほとんどトレーニングなしで挑んだのに26キロ完泳できたんです。ドーバーは36キロだから、もしきちんとトレーニングしたら完泳できるんじゃないかと自信がつきました。それで翌年に予約したんです。」

瞑想の役割は?

「そうですね、これが大事なところです。海峡横断泳でもランニングでも、他の何でも、瞑想が大きな助けになっています。単独でドーバー海峡を泳いだ時、1時間も経たないうちに吐き気がしてきたのですが、完泳できないんじゃないかとか、水から上がったほうがいいんじゃないかという思いは全く湧きませんでした。なぜかというと、瞑想で得られる落ち着きと静寂を内側に感じていたからです。単独横断をした時、すでに瞑想を始めて16年でした。普通はドーバー海峡横断をする人は、2、3年前に予約して、厳しいトレーニングを積んで、他の遠泳もしてから臨むんです。私は全く逆の順番で挑んだわけです。1番の難関を最初にやってしまった。でも素晴らしい内側のトレーニングはもう既に16年も積み上げてきていたわけです。」


 

水島船長とオブザーバーのオーシャンナビ東海林さん

水島船長とオブザーバーのオーシャンナビ東海林さん

津軽海峡での体験

津軽海峡横断泳は毎年夏の短い間しか行われません。その期間内に希望者を割り振っていくため、一人当たり2日しか割り当て日数がなく、もしその日に台風など天候不順で船が出せない場合、どんなに遠くから来ても今回は諦めないといけません。アベジャリは2016年8月12、13日が割り当てられたのですが、その10日ほど前に来日しました。その土地と水に慣れるため、馴染むため、だそうです。来日前は毎週末6時間から10時間に及ぶ遠泳トレーニングを重ね、スーツケースには必需品をぎっしり詰めていました。東京在住だった私のところに泊まりつつ、湘南の海で泳いだり、海の神様を祀る住吉神社にお参りに行ったりして最初の数日を過ごし、数日前に青森市入りしました。当日の体調を最善に整えるため、食べるものにも細心の注意を払っています。ねぶた祭りの次の日に青森入りしたため、お祭りは逃しましたが、上位に入ったねぶたの展示準備に立ち会え、楽しんだりもしました。

今回のヘルプ・チームはアベジャリの妹さんのヤナ、その婚約者ティアゴ、オーストラリア人のウジョギニ、そして私です。竜飛岬の龍飛旅館に滞在して(とても明るくて頼もしい女将さんでした!ありがとうございます!)、打ち合わせを念入りに行います。アベジャリは慣れた様子で必要事項を説明してくれ、仕事の割り振りをしていきます。海峡横断では、必ず伴走する船があるのですが、津軽海峡横断では水島船長の操縦する漁船です。屋根もない小さな船で、船長さんは船に平行に流れるよう白いノボリのような布を水中に流し、遠泳者はそのノボリの真上を泳ぎ続けることで船と平行に進むことができ、正しい方角に進めるようになっています。

 

完泳直後、みんなで記念撮影。

完泳直後、みんなで記念撮影。

打ち合わせと出発!

龍飛入りしてすぐに水島船長さんとオブザーバーの東海林さん(オーシャンナビ)との顔合わせがありました。この時に、割り当てられた2日間のうちに泳げそうかという判断が下されます。ラッキーなことに、台風が去ったばかり、海も静かで、初日の12日に行けそうということになりました。その前の割当日に当たったヨーロッパのスイマーは台風で泳げず帰国しなければならなかったそうです。津軽海峡の波は午後になると荒れる、しかし真っ暗闇を泳ぐのはきついので、そのバランスをとって夜明け前3時すぎごろのスタートということに。でもまずスタート地点まで1時間ほど船で行かないといけないので、夜中の1時半集合になりました。

必要品を漁船に積み込み、全員オレンジの救命ベストをつけて、チェコの国旗を掲げて、いざ出発です。1時間ほどで出発点につきましたが、暗くてよく見えません。アベジャリは水着1枚にキャップ、ゴーグルで、ヤナに助けてもらい身体中に強力日焼け止めとオイルを塗っています。痩せ型の妹に比べ肉付きがいいのは低い水温にも耐えられるよう10キロ体重を増やしたため。準備ができたところで出発点の岩場まで平泳ぎで船を離れます。これから北海道にゴールするまで船には戻れません。東海林さんの合図でいよいよ出発です!

 

栄養補給

横断泳者は泳いでいる間伴走船に触ってはいけないのですが、30分に一度栄養補給をしなければいけません。どうやるのかというと、蓋が開け閉めできるペットボトルのような容器に流動食を作り、ボトルにロープをくくりつけて、投げるのです。量と内容に応じて2本投げる時もあります。それを水中で立ち泳ぎしながら飲みくだし、また泳ぎを再開するのです。空になったボトルはロープを引っ張って回収します。流動食の中身はその時の体調や水温によって変わってきて、補給時間10分ほど前に本人がリクエストしてきます。泳ぎに集中して疲れている時に外国語の英語を使うのは大変なので、この注文をチェコ語で聞いて流動食を作るのはヤナの役目です。

津軽海峡の水温は大抵低いので、体を温める必要があり、事前に小型発電機をレンタルし、ケトルでお湯を沸かしながら温かいオートミールや(西洋式)おかゆを作っていました。その中に、例えば足がつりそうだったらマグネシウム、酔っていたら酔い止め、といったようにサプリメントや薬を溶かしこんだりします。

でも楽しみも大事なので、時々「ご褒美入れて!」とリクエストが入ります。ご褒美っていうのは、アベジャリが好きなグミとか小さなのを数粒別のボトルに入れてあげるんです。あとは体を温めるのにも効果がある生姜の砂糖漬けもよく入れました。

 

自己統制と集中力

びっくりしたのは、一回の栄養補給に30秒というタイムリミットを自分で設けていて、それ以上かかっているようならペースアップしなければいけないので教えてほしい、というのです。なので毎回ティアゴがストップウォッチで時間を計り何秒かかったかチェックしました。

10時間以上、時には20時間以上かかることもある海峡横断で、そんな長丁場なのに30秒で飲むか40秒で飲むかで違ってくるのだ、とびっくりしましたが、そういう細かい努力とコントロールの積み重ねが完泳につながるのだと手伝っているうちにわかってきました。思えば3100マイルレースのランナーたちも、昼間に2回とる休憩を20分にするのか、25分にするのか、といった計算を細かくしているようです。5000キロを50数日で走る長丁場ですが、その5分の違いを調整していくことで完走できるかできないかにつながっていくようです。その自己統制と集中力をこんな長い時間継続できるというのが、両方ともすごいです。

 

信じること

津軽海峡横断のチャレンジの一つに、ゴールとは違う方向を向いて泳ぎ続けなければならない、というのがあります。潮の流れの関係で、船は北海道の岬を向かず、北海道を横に見ながら進んでいくのです。でもそれが正しい方向なのです。スイマーは船の横の水面下に流れる白いノボリを頼りにひたすら泳ぎ続けるのですが、息継ぎをするときに当然北海道が横に見えたりします。そういう状態が続いても、自分は正しい方向へ進んでいるのだと固く信じていかないといけません。また、今回も中間地点くらいで起こったのですが、潮に逆らう感じで泳がなければならない時があり、この間2−3時間は1時間あたり1キロしか進まない、ほとんど前進していない、という状態がありました。こういう時も、潮の流れが好転することを信じて、ひたすら腕と足を動かし続けるしかないのです。人生そのもののようです。

ヘルプの仕事の一つに、少なくとも一人は船の縁に座ってアベジャリを微笑んで見守らないといけない、というのがありました。私個人的にはこれが1番難しかった!例えばさっきのようなほとんど前進していない時、いろいろ船長さんに説明してもらうとつい顔が真剣になってしまう。そうするとアベジャリはそれを見て「なんかあったの?これって前進してるの?」と聞いてくるのです。スマイル見守りの役目は励ますこと、ポジティブなエネルギーを送り続けることです。睡眠不足や疲れも襲ってくる中、チャレンジの多い、でもやりがいのある仕事でした。時間のたつうち、これは自分が疲れたとかどうとかではなく、ただアベジャリの完泳のために自分を捧げるのが今の仕事なのだ、と感じるようになりました。海に瞑想し、大いなる自然に瞑想しアベジャリと心を一つにする内的な旅でもありました。

 

みんなの祈り

私のもう一つの仕事に、スカイプでグループを作り、世界中でアベジャリを応援している友人たちに進捗状況のニュースを送信する、というのがありました。いい知らせでも、「今ちょっと大変で進んでいない」という知らせでも、すぐに何件か励ましのメッセージが入ります。「みんなで応援してるよ!ゴーゴー!」とか、「あきらめないで!絶対ゴールできるよ!」とか。そうすると、それをホワイトボードにマーカーで書き、アベジャリが息継ぎで顔を上げた時読める角度まで持って行き、見せるのです。数回息継ぎすると読み終えるらしく、笑顔で合図してくれます。この励ましメッセージがとても力になるらしく、心待ちにしているようでした。また、祈りの力っていうのは強力で、みんなの祈ってくれているパワーを感じる、と本人は言っていました。そして友達の大半がいるヨーロッパが真夜中の時は、パワーがダウンしたのを実際感じた、と言っていました。

 

最後の数キロ

道中ずっと、水島船長さんが1番用心していたのが、東に向かっていく潮の流れに入らないように誘導するということでした。もしそこに入ってしまったら、北海道の南東部分の岸沿いに流されてしまい、近くまで来ているのに岸にたどり着けず少なくとも数時間泳ぎ続けないといけなくなるからです。潮の流れは本当に要です。中には悪い潮に当たって、スタートした地点に戻ってきてしまったスイマーもいるとか。

その難関をくぐり抜け、ようやく最後の3キロほどを残す地点に来ました。やっと北海道が眼前に見えるポジションになりました!白神岬というゴールのどこにでも到着すればいいのですが、理想的には灯台があるところがどんぴしゃりだとか。最後の最後になって、アベジャリはどうも灯台に到達できそうだ、とわかり、チーム一同エキサイトします。水島船長さんも、何人もスイマーを誘導してきましたが、灯台に到達できたのは今まで3人しかいなかったとか。最後の数百メートルは浅瀬になって船の伴走ができないので、アベジャリが一人で泳ぎ切ります。私たちは船から見守り、東海林さんがタイムを計るのに望遠鏡で上陸時間をチェックしています。

 

ついにゴール!

そしてついに、30キロを11時間7分58秒で完泳!やった!船上では全員笑顔笑顔!岸から泳いで戻り船にたどり着くアベジャリを皆で待ちます。上がってきた彼女とハグしたら、体が冷え切っていてびっくり!早速体を拭き、服を着ます。実は最後の数百メートルをティアゴがカメラとチェコの旗を持って一緒に泳ぎ、岸辺で記念撮影の予定だったのですが、ティアゴは泳ぎが得意なのにもかかわらず、飛び込んだ途端水があまりに冷たく心臓麻痺を起こすんじゃないかとパニックしてすぐ上がってしまったのでした。そんな中をずっと泳ぎ続けたアベジャリは本当に信じられない強さです。

それともう一つ、水から上がってきたばかりのアベジャリはなにかこの世のものではないような、神々しいものを放っていました。それを本人に言うと、「なんか、完泳した直後はそういうことが多いみたいなの。」とあっさりした調子でにっこり。インタビューにもあるように、泳ぎながら瞑想していたであろうアベジャリ。その内的な輝きが外に全開で放たれているようです。

 

龍飛旅館で

龍飛旅館に帰ってみると、女将さんが首を長くして待っていてくれました。無事完泳した旨を伝えると我が事のように喜んでくれ、本当にありがたくて嬉しかったです。それで女将さん曰く、津軽海峡は潮が読めなくしょっ中変わり、水も冷たいので、もし遭難したら死体は決して上がらないと地元では言われているのだとか。「泳ぐ前に知らなくてよかった」と笑いつつアベジャリ。お祝いにと食堂で一品サービスしてくださいました。どんなに大変なことを達成したか、地元の女将さんだからこその感慨と実感があるのでしょう。

アベジャリはその後子供のように熟睡し、目覚めた後ケーキでお祝いしました。私は通訳やレンタカー手配など雑用を担当したのですが、泳ぎに縁がないのにおかげさまで貴重な経験をさせていただくことができ、本当にありがたくて感動しました。人生の中の宝石のような経験の一つです。

 

アベジャリのその後

アベジャリはその後もオーシャンズ・セブンに挑戦し続けるインスピレーションに従い着実に前進しており、今年に入ってハワイのモロカイ海峡 (4) 、アイルランドとスコットランドをつなぐアイリッシュ海峡 (2) を完泳、7海峡のうち6つを制覇、ついにニュージーランドを残すのみとなっています。周りの友達は「フレー、フレー!」と笑顔で応援し続けています。とてつもなくエネルギーと勇気をもらえる素晴らしい友達です。私も自分自身の内的・外的成長を日々続けていかねば、と励まされます。

ランニングと瞑想

ランニングと瞑想

ranningu to meisouby Harashita Sunaoshi

私の通っていた高校は歴史が古く元男子校のバンカラ気質で、ちょっと変わった伝統が幾つかありました。その1つが毎年秋に修学旅行の代わりに行われる「歩く会」で、コースが確か3つあり(3年間で全部経験できる)、最初の約50kmを全校生徒でペースを合わせて歩き、地元の学校か何かで仮眠させてもらい、最後の約25kmは自由、走る人あり、歩く人あり、といったものでした。私は早くはなかったものの、3年とも25kmを歩かず完走しました。疲労の中にも何か清々しい達成感があって、良かったです。

成人してから長距離走に馴染んだのはニュージーランドに住んでいる時で、アウトドア王国のニュージーでは5-10kmくらいのファンランがしょっ中行われ(喘息や乳がんのためのチャリティーランなどが多かった)何度か地元の友人と参加しました。コース沿いのカフェでブランチを取るお客さんが熱心に声援を送ってくれたり、とてもフレンドリーで楽しい雰囲気でした。なんと言っても思い出深いのは、火山でできたランギトト島でのファンラン。平日5時過ぎにオークランド埠頭を出発するフェリーに参加者が乗り込み(フェリー内でスーツからランニングウェアに着替える人も何人もいました)、島に乗り付けたところから各々出発。コースは平坦だけど長いものから山頂を通る険しいコースまで何種類かあり、最長10kmくらいだったと思います。島の反対側のゴールに着くとバーベキューが用意してあり、まず冷たい海に飛び込みひと泳ぎして体を冷やしてから仲間とご相伴に預かりました。楽しかったなあ!

というわけで長距離ランとはそう縁遠くなかったのですが、瞑想を始めてシュリ・チンモイがスポーツ、特にランニングが好きで教え子にも推奨しているということを知りました。なんでも呼吸が瞑想と共通するところがあるらしく、瞑想を通じて行う内的な旅inner runningと、走るouter runningとは相補うものであり、両方がお互いの助けになるとのこと。もともと嫌いではなかったけれど、ではちゃんと毎日走ってみるか、と朝瞑想の後走りに行くようになり(ちなみに今は鴨川沿いがお気に入りのコースです)、2006年には初のフルマラソンに挑戦、5時間26分で完走。それ以降、毎年走っています。外反など足の問題があったりあまり真面目にトレーニングしないのでタイムはベストでも4時間56分なのだけど、内的には変えがたい経験を毎回させてもらい、貴重な機会をいただいていると感じています。

今年も8月末にニューヨークでセルフトランセンデンス マラソンを走ったのですが、気持ち的にはこれまでで最高でした。「今、ここ」の美しさ、ありがたさを一歩一歩自分全体で感じながら進みました。シュリ・チンモイの言葉に、「私たちは永遠の今を生きている」というのがあるけれど、それをまさに実感することができた数時間でした。会場のロックランド・レイク州立公園の自然の美しさも全身に染み渡りました!

でもシュリチンモイ・マラソンチームが開催する大会にはフルマラソンよりずっと距離の長いものもたくさんあり、なんと言ってもその最高峰はセルフトランセンデンス3100マイルレースでしょう。毎年6月から8月にかけて、ニューヨーク、クリーンズの学校の周りを走る900mほどの周回コースを使って行われ、3100マイル(5000キロ弱)を52日間で完走する、というものです。毎年参加ランナーは主催者の審査に通った10-15名ほどで、単純に割り算すると1日フルマラソンを2回強毎日走り続けないと終わりません。これまで21回行われたレースでの完走者は41名(うち女性8名)です(同じ人が何回も完走したケースも多いです。13回完走したランナーもいます!)

このレースを初めて耳にしてから数年は、はっきり言ってすごすぎてあまりピンときませんでした。でもこの数年は身体的なものとスピリチュアルなものとのつながり、体力だけでは説明できない人間の可能性、いろいろなことを思い、毎年レースが始まるとPerfection Journeyというブログで毎日アップされるビデオや写真をチェックするようになりました。見ていてまず気づくのが、みんなの笑顔です。満ち足りた感じがします。走りながら瞑想している、と言います。

でも楽なはずはありません。ランニングの実際的なエピソードもいろいろ出てきます。ビックリなのは、1回のレースで何十足もランニングシューズを履きつぶすこと。さらに、長く走って足が敏感になり、まめや水ぶくれを最小限に抑えるため、シューズのいろいろなところをハサミで切ってしまうんです。例えばつま先が当たるエリア、靴の内側に付いているラベルなど。コースは朝6時から夜中12時まで開いていて、その間とにかく走り続けることが距離を稼ぐコツだそうで、休憩の取り方は人それぞれだけど、日に2-3回、一回20-30 分程度を仮眠とマッサージ、テーピングの張り替えなどに使うという話を何人かがしていました。すごいカロリーを消費するので、1日10000カロリー摂る必要があり、体重が落ち過ぎるのをいかに止めるかが課題の1つとか。でも1度に食べると走れなくなってしまうので、カップに入れたフードやドリンクを歩きながら摂ることが多いようです。

もちろんこのように長期間・超長距離レースを運営するにはスタッフのチームワークが肝要です。1人1人に合わせたメニューで対応する炊き出しチーム、ランナーの体調や感情の起伏を細かく気遣い対応策を提供し続けるレース幹事チーム、マッサージやカイロプラクティック、看護士などのメディカルチーム、などなど。

こういう話を読むたびに「なんてすごいんだろう!」と思っていましたが、今回ラッキーなことに、その完走者の1人、オランダのプラディープ・ホウガッカーさんが仕事で来日することになりました。初来日で、せっかくなので京都に来たい、という意向で、それならぜひ、スペシャル・トークしてください!とお願いして今回のイベントが実現することになりました。当日はレース中の写真のスライドショーをしてくださるとのこと。どんなお話が聞けるのか、本当に楽しみなんです。日本人の参加ランナーはまだいないせいか、国内ではまだあまり知られていないレースですが、ランナーやスポーツをする方も、しない方も、インスピレーションをもらうこと確実です。ぜひ聴きにいらしてください!

京都市・スペシャル・イベント その2(10月中旬) 「スポーツ・瞑想・自分を超える〜5000キロ完走の体験から〜」

京都市・スペシャル・イベント その2(10月中旬) 「スポーツ・瞑想・自分を超える〜5000キロ完走の体験から〜」

スペシャル・トーク(英語・通訳付き)・京都市

「スポーツ・瞑想・自分を超える〜5000キロ完走の体験から〜」

by プラディープ・ホウガッカー

pradeep meisou supootsu

3100マイルレースで52日目を走るプラディープさん(奇しくも33歳の誕生日)

 

オランダ出身のプラディープ・ホウガッカーさん(39)は、世界最長公認レース「シュリ・チンモイ セルフ・トランセンデンス 3100 レース」の数少ない経験者です。3100マイルは5000キロ弱にあたりますが、これを2011年に54日弱で完走しました。これは1日あたりフルマラソンを2.5回弱毎日走り続けなければ完走できない距離であり、体力だけでは到底到達しようのないゴールでしょう。

瞑想歴18年であり、このとてつもないレースを走ることになった動機についてこう語っています。

「瞑想をする中で学んだのは、ハートの声に耳を傾けることで幸せになれるということです。何年か瞑想するうちに、もしハートの声を聞かなければ、いつかそれが自分に返ってくるとわかってきました。ハートは魂の住処です。何かしたい、何かになりたいという思いが湧いたら、魂は喜びや内側のワクワク感でそれがいいことだと教えてくれます。このハートのワクワク感に従って行動するのがいい、とわかってきます。

3100マイルレースは初めて耳にした時から心惹かれるものがありましたが、2005年にレースを見に行った時ハートのワクワク感を感じました。それから準備に6年を要しましたが、最初のワクワク感を忘れず、『これが自分の魂のしたいことなんだ』と確信していました。」

オランダ第3の都市デン・ハーグでオーガニック食材店経営、輸入業に携わる傍ら、15年前からシュリ・チンモイ センターの友人と共に一般向け瞑想ワークショップを行ってきました。

「今回のトークでは、この3100マイルレース中の精神面、内的な経験を中心にお話ししたいと思っています。もちろんランニングそのものについても触れます。ランニングはじめ、スポーツをしている方、またしていない方も、ぜひ聴きに来てください。聞いてみたいこと、疑問に思っていることなど、何でも気軽に聞いてくださいね。日本に行くのはこれが初めてなので、日本の皆さんにお会いできるのを今からとても楽しみにしています。」

参加申し込み方法:

プラディープのスペシャル・トーク「スポーツ・瞑想・自分を超える〜5000キロ完走の体験から〜」を聴きにいらしたい方は、お問い合わせフォームからご連絡ください。詳しいスケジュールや場所が決まり次第、こちらからご連絡いたします。または、075-203-0383にお電話いただき、お名前とお電話番号を伝言に残してくだされば、こちらから折り返しご連絡いたします。